保守雑誌感想文【2018年12月】
平素は大変お世話になっております。
わたくし、はてなブログで「ホウ砂に吹かれて」をやらせていただいております、
ノロい人と申します。
今回のエントリは月に一度の保守雑誌感想文になります。
どうか、最後までお付き合いいただけましたら、幸いでございます。
今月号のテーマ:古典力入門
「古典力」とは一体何でしょう?どうやら、古典を読み込み、自分自身の血や肉とし、それを自分の人生に生かしていく力だというのです。
古典力を養うことはそのまま人間力を養い、人生力を高めることに繋がります。
ここに、唐宗八大家の一人、韓愈が子に与えた言葉があります。
人の能く人と為るは
腹に詩書有るに由る
人が立派な人物となるには腹の中に詩書があること、すなわち古典の言葉をどれだけ自分の血や肉にしているかによる、ということなのです。この言葉をかみしめておきたいものです。
俳人夏井いつき先生の記事より
私は「俳句にはやってはいけないことは何もない」といつも言っていますが、どのような醜悪なもの、痛々しいもの、醜いもの、汚いものでもすべて句材としてOKです。反対に芭蕉や子規を神格化してみたり、俳句は美しく清らかなものだと考えたりした瞬間に俳句は根腐れしてくというのが私の考えです。
夏井先生は「俳句にはやってはいけないことは何もない」とよくメディアでおっしゃっていますね。
僕が学校の国語の授業で俳句をちょこっとだけ触れていた当時、夏井先生はまだメディアには露出していなかったころで、それこそ芭蕉や子規はスゴい俳人で、お上品なものというイメージを持っていたものですから、夏井先生の考えが広まっていかなかったら、俳句は根腐れを起こし、今のようなブームはなかったことでしょう。
俳句は型を覚えながら、パズルのように言葉を組み立てていきます。型を一つ覚えるだけで、五分で一句読めるようになります。日常の自然の中で季語を体験しながら、その型を自由自在に使えるように反復練習するのが俳句を詠む上での重要なポイントとなります。
ちょうど柔道や剣道の選手が形を、バレーボールの選手であればフォーメーションを身につけるために黙々と練習や筋トレを積み重ねるのと同じです。その意味で俳句は理系、体育会系にも通じる文学と言えるかもしれません。
このように、俳句に全く触れたことのない人たちのための扉を開いてあげるのも、わたしの種まきの大きな狙いです。
夏井先生によると、俳句は単なる文学、というだけではなくて、理系や体育会系にも通じるものがあるということで、様々な垣根を超えた文学であることをおっしゃってくれています。また、「俳句に全く触れたことのない人たちのための扉を開いてあげる」ことは非常に大切なことだと僕も思います。どんなジャンルのファンでも、だれしも”にわか”から入るものですから。俳句も例外ではないでしょう。
(略)
引きこもっていた人が俳句に出合って外に出歩けるようになったとか、視覚に障害を得て落ち込んでいた人が元気になったとか、大切な家族を亡くされた人が俳句仲間に支えられて立ち直ることができたとか、そういう例は枚挙に遑がありません。
やはり、俳句って素晴らしいですネ。これぞ、俳句の力っていうカンジです。
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古典の音読が脳の働きを劇的に高める、らしい。
隂山ラボ代表 隂山英夫氏の記事より
私は三十年前から、読み書き計算の徹底反復という日本の伝統的な教育法を指導してきました。その指導を通じて実感しているのが、古典などの名文を繰り返し素読すると、子供の学力向上に大きな効果があるということです。
具体的には以下のような効果が記事中に紹介されていました。
- 国語以外の成績アップ
- 知能指数の上昇
- 遅刻や校舎内で起きる怪我が減った
- 先生とのコミュニケーションがうまくいくようになった
- 情緒面の安定
少し話題がずれるかもしれませんが、韓流史劇ドラマを見ていると、王族や身分の高い家柄の子供が中国の古典を一生懸命勉強されられているシーンが結構出てくるのですが、やはり古典を勉強する意味はその内容を覚えたり、理解するだけにとどまらず、上に挙げたようなメリットが当時の朝鮮半島のみならず、東アジア地域において認識されていたのかもしれません。
以上、2018年12月号の保守雑誌感想文はここまでにしたいと思います。
最後までお付き合いいただきまして誠にありがとうございました。
ではまた、次回お会いできるのを楽しみにしております!